内容の希薄なブログ
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九州へ行こう!(その2)
(その1はこちらから)

 2日目はメインが日南線。日南線と言えば,ダイヤの薄さに加えて距離の長い盲腸線ってことで,JR九州管区内でも難易度の高い路線です。
 さて,前日は博多に宿泊ということで,ここから日南線にどうやって行くかと言うと・・・飛行機です。今回の旅のもう一つのテーマである「行ったことのない空港を使う」というのもあり,福岡-宮崎線を使うことにしました。

 福岡-宮崎線はビジネス路線として底堅い需要があるのか,便数がけっこうあります。僕が使ったのは9:10福岡発でしたが,ほぼ満席でした。機材はQ8-400(レジ番:JA850C)ですから,70人は乗っていたことになりますね。
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 空からは九州新幹線が良く見えました。写真だと空気のかすみの影響で見えづらいですが,まさに一本線を引いたかのように延びている様子がわかりました。
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 宮崎空港からは鉄路で南宮崎へ移動。乗った列車は写真右側の特急にちりんですが,鉄な方にはご説明の必要もないとおり,宮崎空港-南宮崎間は,自由席車両に限り普通列車扱いで乗れます。
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 南宮崎からはいよいよ日南線です。車両はなんだろな,と思っていたら,やってきたのは日南線カラーのキハ40(140)でした。やっぱり旧国鉄車は雰囲気があって好きですね。
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 日南線は海沿いのイメージがありましたが,海沿いの山々の間を抜けるような区間も多々ありました。そのため,起伏はかなりあり,高い場所から海を眺めることができる場所もあって,なかなかの景色でした。

 無事,志布志に到着。盲腸線のため,バスで別の場所に高飛びなども考えたのですが,行先が限られていて,どうも旅程が上手く組めず,結局はそのまま折り返しました。
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 戻った南宮崎では,観光列車「海幸山幸」の車両を見かけました。今回は旅程的に乗れませんでしたが,いつかは乗ってみたいなぁ。
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 南宮崎からは日豊本線で都城へ。関東では見かけなくなった415系で,JR九州は旧国鉄車王国だと改めて実感。車内は学校帰りの高校生が多い時間帯でけっこう混んでました。
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 都城からは吉都線。車両はまたもキハ40。わーい,キハ40王国万歳!
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 吉都線の車窓には暮れなずむ夕日に浮かび上がる山々が綺麗でした。ただ,すぐに日没したので,景色を楽しめた時間は短かったですが。。。

 吉都線を降りたのは京町温泉駅。旅程を計画する段階で,本当は人吉あたりまで行きたかったのですが,吉都線と肥薩線の交点である吉松から先に行く最終列車が数十分の差で出ちゃった後ということで,どうしても無理でした。吉松-人吉間は1日5往復しかありませんしね。。。そのため,吉松に近くてネット予約可能な宿がある場所ってことで,京町温泉に投宿。

 宿泊したのは京町観光ホテルで,部屋風呂はないですが,露天風呂付き大浴場があります。その露天風呂に行ってみると,先客が一人いて,なんと外人さん。「コンバンワ」と話しかけられ,ちょっとおしゃべりしてみると,たどたどしくもコミュニケーションはとれるレベル。日本に来て1年になるということで,そのわりには上手な日本語だ,と感じました。

 その後は英語で色々とおしゃべりしましたが(さすが日本語教師だけあって,僕の怪しい英語にもちゃんと理解を示してくれた),彼はオーストラリアから日本語教師としてやってきて,えびの市に住み,高校で英語を教えているとのこと。フィアンセも一緒にやってきていて,彼女もやはり英語教師で地域の小学校をあちこちまわって英語を教えているとか。本当は日本への赴任にあたって,スノボのできる地区に行きたくて北海道を希望したんだそうですが,今はこの場所がとても気に入っていると言ってました。確かに,九州で数少ないスキー場にも近いしね。

 僕のほうも,今回の旅行の経緯なんかを話したり,あとは世間話もしたりしました。やはり,このあたりの地域は「ショウシコウレイカ」(←ここは日本語で言ってましたね)がとても深刻で,生徒数がとても少ないのを心配してました。外人さんにも心配される・・・地方の現実をつくづく感じました。

 とまぁ,仕方なしに泊まった京町温泉でしたが,そんな思い出もできたので,結果として正解かな。

その3に続く)
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コメント
この記事へのコメント
地元だ(笑)
宮崎までわざわざお疲れ様でした。実家が南宮崎駅そば(改札口まで徒歩5分)なので、南駅(地元ではこう呼ぶ)を行き来してる様子が懐かしいですね。

日南線はキハ40の寄せ集めでできてるだけに、なんともポピュラーすぎる感じですね。黄色い日南線カラーの奴は、かつて快速「日南マリン号」に充当されてた車両です。咲村はあれ乗って青島に行ってました。日豊線も最近は817系が増えて、国鉄車が淘汰されてきています。朝晩の時間帯は、佐土原~西都城の区間でキハ47が運転されてますよ。

……で、南駅から都城まで(吉都線の分岐は西都城から)お乗りになった電車ですが、あれは415系でなくて717系ですね。急行型の457系を改造して、両開き扉を2カ所に装備した奴です。真ん中に急行用の片開き扉を装備した変形3ドア車、717-901もいました(現在は廃車)。

しかし京町温泉……寂れてたでしょう……? えびの地区は人口減少が著しいんですよ。集中傾向の宮崎市自体も、他県の県庁所在地に較べると人口少ないんですけどね。福岡~宮崎の航空路線も、今は高速バスに押されて減少してます。数年前までは、MD-80で1時間ヘッドの便数がありましたから、乗客数は半減といったところですね。
2012/02/24(金) 00:14:05 | URL | 咲村珠樹 #3K7Vi2Lo[ 編集]
宮崎は通過しただけになってしまって・・・
>咲村さん
今更のレスポンスで恐縮です。宮崎は咲村さんの地元ということは存じ上げていたので,南駅(と言うんですか)にて,咲村さんのお顔を思い出していました。旧国鉄車と新しめの特急車両が交差する接続駅の旅情に満ちていて素敵な駅でした。やっぱり,旧国鉄車は大切にしてほしいものです。京町温泉は,飲み屋街にゴーストタウン的な一画がありました。エントリにも書いたように,外人英語教師にまで心配されるえびの地区の人口減少,これは全国あちこちでもある問題ですが・・・。
2012/03/25(日) 21:48:02 | URL | Tori@管理人 #-[ 編集]
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